指導死は先生のせい?誰もが「○○すべきだった」に追い詰められている

yuka_eigokyoushi15215934_tp_v

指導死という聞き慣れない言葉が出てきました。

教師が子どもを追い詰める―― 「指導死」の現場から

簡単に言えば、指導死とは教師に叱られたことがきっかけで自殺することのようですね。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

指導死は先生のせい?

指導死という言葉からして、責任を先生に押しつけているのは明らかですが、本当にこれ、先生が悪いのでしょうか?

記事のケース、個人的には先生の指導に「やり過ぎ」な感じはしませんでした。

第3者委員会はそれでも「指導のせい」と断定していますので、詳しい事情を知らないと何ともいえないところではありますが…。

この記事にも出てくる大貫氏の著書に対するこんな意見も見つけました。

【指導死】先生からの指導の後に自殺してしまうのは本当に先生が悪いのか?家庭でできる事は??

私はこの本を読んでいないのですが、記事に書かれている内容だけだと、やはり先生だけの責任とは思えないところがあります。

生徒自身が悪い場合もあるし、家庭の環境も絡まっている可能性もある、当然、不条理な説教をする先生が悪い場合もある。

これら全てを「指導死」という言葉で括ってしまうのは少し無理がありそうな気がします。

先生を悪者にしたいだけなんじゃないかと…。

これまでも体罰問題などありましたが、叱ることまで封じられた先生は一体どうやって教育していけばいいのでしょう?

後付けの「○○すべき」はもう止めにしない?

先生達は既にかなり追いつめられています。

私がいた母校でも何名かはその後、精神的に病んでしまったり、中には自殺した先生もいました。

一方で、記事にあるように親御さんも相当苦しんだことでしょう。

人が死んだことは大問題です。

ただ、誰もが最善を尽くしてもどうしようもない場合ってあると思うんです。

教育だけの問題ではないですが、最近事件が起こってから「○○すべきだった」という犯人叩きがしきりに行われます。

でも、それってめちゃくちゃ卑怯ですよね。

後からなら誰にでも言えることを知ったような顔で言われたところで、何の解決にもなりません。

むしろ、そういう風潮が社会を縮こまらせ、失敗を許容できなくしています。

そうしてみんなが追い詰められている感覚に陥ってしまっているのです。

今の社会で必要なのは犯人叩きではなく、むしろ失敗した人に「次は頑張れよ」と背中を押してあげることなのではないでしょうか?

スポンサーリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

フォローする