譲位後は「上皇」ではなく「前天皇」?上皇が使えない理由とは?

天皇陛下の譲位時期が2019年1月1日に決定し、様々なルールの策定で慌ただしくなってきました。

そんな中、退位後の天皇の呼び方について、「前天皇」とすることが検討されているようです。

<退位後称号>「上皇」使わず 政府、「前天皇」など検討

古くから天皇が退位した後は「上皇」「法王」などと呼ばれていましたが、これを使わないのはなぜでしょうか?

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上皇とは?

まずは上皇・法王について詳しく説明します。

上皇とは正式には「太上天皇(だじょうてんのう)」と言い、上皇は太上天皇の略称です。

退位した天皇に対する尊号ですね。

一説によると中国の皇帝が退位しした後の名称「太上皇」から取ったものと言われています。

一方、「法王」とは、出家した上皇に対する呼び方で、こちらは「太上法王」の略称です。

しかし、太上法王や法王という呼び方は法的に決まっていた訳ではなく、俗称のようなもののようです。

もちろん、法王も法的には上皇となります。

明治期に入ってから制定された「皇室典範」により譲位や太上天皇制度は廃止されています。

太上天皇制度廃止後も譲位ではなく、既に亡くなっている皇族に太上天皇の位を授けるという例が1884年に1例あり、それ以降に太上天皇になった皇族は133年現れていません。

上皇の歴史と避けられる理由

上皇が使えない(懸念される)大きな理由は歴史にあります。

過去上皇になったのは63人。

そのうち4人は天皇とならずに死後、上皇の位を授けられた方ですので、天皇から上皇となったのは59人です。

思ったより多いですね!

今上天皇は125代目ですので、以前は結構な割合で皇になっていることになります。

上皇に初めてなったのは、第41代持統天皇

父親は「大化の改新」で知られる天智天皇(中大兄皇子)、夫は「壬申の乱」で知られる天武天皇です。

持統天皇は女性天皇であり、本来即位するはずだった持統天皇の子、草壁皇子が死去し、孫である軽皇子(後の文武天皇)もまだ幼かったために急遽即位しています。

要するに軽皇子が即位するまでの繋ぎとして即位したような形ですね。

その後、持統天皇は7年で軽皇子に譲位して文武天皇が誕生。

しかし、当時の文武天皇は14,5歳だったこともあり、持統天皇が上皇となり政治をサポートする、という形が取られたようです。

これ以降、天皇が退位して上皇となる例が続き、平安時代になると、次第に上皇の力が強まり、院政(上皇が主体で政治を行うこと)が行われるようになってきました。

天皇と上皇、2つの権力が生まれてしまったのです。

これによって皇室内部での争いや、天皇・上皇を担ぎあげて大義名分を得、上皇派、天皇派に分かれて争うことも増えてきます。

特に源平合戦の時代の後白河上皇と二条天皇派との争いは有名ですね。

武家社会になってからは政治を直接担うことは少なくなりましたが、上皇と天皇の派閥争いは度々あったようです。

このような歴史的な経緯から天皇との二重権力になってしまうことを恐れ、「上皇」の名称は避けられる方向で検討されているということのようです。

名前的に天皇より上という感じがあるのも、避けられる理由でしょうか?

ただ、歴史に数多く登場する「上皇」の名称復活を望んでいる人も多いですし、「前天皇」はダサイという声もあります。

上皇という名称が使われたところで、今上天皇が権力を行使するとは考えにくいですしね(悪い人に勝手に利用される可能性はありますが…)

と記事を書いたところで、いきなり「前天皇」否定のニュースが!

天皇陛下の譲位 政府首脳、毎日新聞の「前天皇」報道を否定

こちらによると「前天皇」なんて名称検討していない。

上皇は、全然使う可能性があるよ!とのこと。

「上皇」の呼び名の方が良いという人には朗報ですね。

今回の譲位報道は、天皇家や日本の歴史を勉強するには良い機会になっていると思います。

ネタは今後も色々出てくると思いますので、見守っていきましょう。

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